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EQと感情リテラシーの実践ガイド|第2回
「EQが重要なのは分かりました。でも、研修をすると会社の成果は本当に変わるのでしょうか」。経営者の方からそう聞かれたら、まず確認したいのは、何を成果と呼ぶのかという点です。売上、顧客満足度、離職率、意思決定の速度など、会社ごとに重要な指標は異なります。そしてEQの役割は、数字を直接押し上げる魔法のようなものではありません。人が協力して成果を生み出す過程で、感情がどのように判断や行動に影響するのかを捉えることです。
例えば、技術的には優秀な管理職がそろっていても、部門間で責任の押しつけ合いが続き、問題の報告が遅れる職場があります。追加の専門研修も必要かもしれませんが、同時に「何を言われるか不安で報告できない」「意見を否定されたと感じて話し合いを避ける」という感情面の要因も点検したいところです。今回は、EQと仕事の成果の関係を、実際の研究と組織の場面を行き来しながら整理します。
研究では、EQと仕事の成果にどの程度の関係があるのか
EQを語るとき、「成果の何割をEQが決める」という刺激的な表現が使われることがあります。しかし、研究ではそこまで単純に説明できません。2011年に公表されたO’Boyleらのメタ分析は、複数の研究結果を統合し、感情知能と職務成果との関連を調べました。その結果、EQの測定方法によって異なりますが、補正した相関係数は約0.24〜0.30でした。[1]
相関係数は、二つのものがどの程度一緒に変化するかを見る指標です。数値が正であることは、EQの得点が高い人ほど職務成果も高い傾向があることを示します。ただし、すべての人に当てはまるわけではなく、EQを高めたから売上が上がったという因果関係を直接証明するものでもありません。業務経験、専門能力、仕事の難しさ、職場の仕組みなども成果に影響するためです。
もう一つ知っておきたい研究があります。2015年にJosephらが発表したメタ分析では、自己申告による混合型EQの得点に、性格や認知能力などの既存の特性と重なる部分が多いことが示されました。[2] ここから学べるのは、「EQという名前の検査なら、何でも新しい説明力がある」とは限らないということです。どのEQモデルを用い、何を測り、何を成果としているのか。この三つを確かめないまま数字を引用すると、経営判断を誤る可能性があります。
仕事の成果は、個人の能力だけでは生まれない
経営者が注目したいのは、個人が持つEQの高さだけでなく、チームの中で実際に起きる行動です。納期の遅れを早く報告できるか。反対意見を安心して述べられるか。意見が割れたとき、相手を敵と見なさず、解決したい問題に戻れるか。こうした日常の小さな行動が、結果として仕事の品質や速度に関わってきます。
例えば、新しいシステムを導入する会議で、営業部門は「顧客への回答速度を上げたい」と考え、開発部門は「品質を犠牲にすると障害が増える」と懸念しているとします。営業側の焦りも、開発側の不安も、それぞれ理由があります。ここで一方が「相手は分かっていない」と決めつけると、論点は要件の調整から相手の態度への不満へ移ってしまいます。反対に「顧客を待たせたくない事情は分かりました。そのうえで障害時の影響を確認したい」と説明できれば、納期・品質・対応範囲という具体的な条件を話し合えます。
これはEQだけで解決する話ではありません。意思決定者の明確化、優先順位の整理、適切な人員配置も不可欠です。ただし、こうした仕組みを使いこなす際に、感情を理解する能力が役立ちます。正しい制度があっても、相談するたびに責められるのであれば、制度が十分に機能しない場合があるのです。
「EQが高い組織」と「成果の出る組織」を同じにしない
管理職が共感的で、社員同士の関係がよくても、それだけで高い業績が保証されるわけではありません。顧客に求められる商品がない、価格設定が合っていない、業務が過剰に複雑であるといった問題を、感情面の研修だけで改善することはできません。EQは経営戦略や業務改善の代わりではなく、それらを実行する人と人との関わりを支える要素です。
反対に、数字だけで成果を追いかけても見えないことがあります。達成率は高いのに、メンバーが疲弊し、重要な情報を上司に伝えなくなっているかもしれません。短期的な成果だけを見るのではなく、「その成果はどのような協働によって生まれたのか」「同じやり方を次も続けられるのか」を確かめたいところです。組織にEQを導入する目的は、優しい雰囲気をつくることよりも、成果につながる判断と行動を安定して選べる状態を増やすことにあります。
海外では感情を扱う力をどのように学んでいるのか
EQが仕事と関係するなら、学校で学ぶ意味もあるのでしょうか。海外の教育現場では、感情の理解や人間関係、責任ある意思決定を扱う「SEL(Social and Emotional Learning:社会性と感情の学習)」という取り組みがあります。シンガポール教育省は21世紀型コンピテンシーの中に、自己認識、自己管理、社会的認識、対人関係の管理、責任ある意思決定を位置づけています。[3]
米国のイェール大学にある感情知能研究センターでも、RULERという教育アプローチを通じて、感情を認識し、理解し、名前をつけ、表現し、調整する取り組みが紹介されています。[4] これらは企業向けEQ研修とまったく同じ制度ではありませんが、「感情を扱う能力は、精神論ではなく学習の対象になり得る」という考え方を理解する参考になります。
日本でも、企業研修や1on1の中で似たことを学ぶ機会はあります。ただし、海外の制度があることを理由に「日本企業はすべて遅れている」と決めつける必要はありません。組織の文化や課題に応じて、どの方法が有効かを考える方が現実的です。大切なのは、感情に関する学びを一度の講義で終わらせず、実際の行動まで結びつけることです。
組織で成果との関係を確かめるなら、まず何を測るか
EQ導入を検討する際、私は最初に「改善したい場面を一つ決める」という考え方を重視します。例えば報告の遅れに困っている会社なら、EQスコアの変化だけでなく、「問題が発生してから上司に共有されるまでの時間」や「会議で未解決の問題が表に出る頻度」を見ることができます。会議の対立が課題なら、決定が先延ばしになった回数や、次回までに担当者が決まらなかった項目なども参考になります。
重要なのは、EQ検査の点数と業績の関係を無理に一つの数字で示そうとしないことです。小規模な会社で一時的に売上が上がっても、景気や営業施策による影響かもしれません。最初は、行動の変化を確認しやすい指標を選ぶ方が、何が改善したのかを説明しやすくなります。
例えば役員会で反対意見が出なくなったことを「会議が円滑になった」と評価してはいけません。本当は発言しにくくなっているだけかもしれないからです。結果を見るときは、「不都合な報告が増えたか」「懸念を出した後に、解決策を一緒に探せるようになったか」といった質の面も確認します。成果を測るには、数字の意味まで考える必要があります。
EQの学習は、実際に行動を変えるのか
職場での感情関連能力のトレーニングをまとめた2024年のメタ分析では、対照群を設けた27研究を統合し、平均して中程度の改善が報告されました。[5] この研究はEQだけでなく、共感や感情調整の訓練も含めています。研究ごとの違いが大きく、方法上の限界もあるため、研修を実施すれば全員が同じように成長するとは言えません。それでも、感情を扱う力は職場で学習できる可能性があると考える根拠になります。
では、講義の後に何をすればよいのでしょうか。例えば管理職が「報告の際に部下を詰問しない」と決めても、次の日から習慣が変わるとは限りません。そこで、「報告を受けたら最初に事実を確認する」「相手の説明を遮らない」「次回の1on1で、相談のしやすさを聞く」といった行動に置き換えます。翌週に実際の場面を振り返り、うまくいったことと難しかったことを確かめます。
EQを成果につなげたいなら、知識を増やすことだけを目標にせず、仕事の中で実際に取る行動を変える仕組みが必要です。経営者や管理職が自分で取り組みを見せることも、現場で学びが続く条件の一つになるでしょう。
今日から確認できる、経営者のための3つの問い
まず、自社の重要な問題は、どの時点で誰に伝わっているでしょうか。問題が分かっているのに共有されないのなら、情報管理の仕組みだけでなく、報告したときの上司の反応も確かめる必要があります。次に、会議の決定は、参加者が疑問や懸念を出したうえで行われているでしょうか。最後に、管理職が指摘した後で、部下が次の行動を理解できているでしょうか。この三つはEQを考える実務的な入口になります。
質問への答えが曖昧であれば、社員のEQが低いと結論づける前に、実際の会議を一度観察してみてください。誰が最初に結論を言うのか、途中で意見が遮られていないか、話し終えた人に周囲がどう反応するか。そこには、アンケートだけでは見えない情報が隠れていることがあります。
数字に出にくい変化を、どのように評価するか
組織で取り組みを始めた直後には、売上や離職率のような大きな数字は変わらないかもしれません。だからといって何も変わっていないとは限りません。例えば、今までは会議の後に個別の不満が出ていたのに、会議中に懸念を共有できるようになった。品質上の問題が発覚してから報告までに時間がかかっていたのに、早い段階で相談できるようになった。こうした行動の変化は、日常の仕事で確認できます。
ただし「問題報告が増えたから悪い組織になった」と解釈しないことも大切です。以前は隠れていた問題が表に出ただけかもしれません。反対に報告が急に減った場合も、問題が減ったのか、話しにくくなったのか、両方の可能性があります。件数だけで判断せず、報告のタイミングや、その後に解決へ進めたかを一緒に確認します。
例えば管理職4人のチームで試行するなら、最初に「どのような報告が遅れたか」を数件記録し、4週間だけ上司の聞き方と報告ルールを変えてみます。実施後には、報告までの時間、対策決定までの時間、本人の相談のしやすさを確認する。これは大規模な科学実験ではなく、社内改善のための観察です。因果関係を断定せず、何が変わり、何が変わらなかったかを冷静に見ることが重要です。
経営者自身のEQを、評価の外に置かない
組織にEQを導入しようとすると、管理職や若手社員だけを対象にしたくなる場合があります。しかし、役員会で誰も反論できない、経営者の一言で議論が止まる、といった状況が続いているなら、経営層自身の関わり方を見直す必要があります。経営者が自分の焦りや期待を言葉にし、相手の意見を確認できれば、組織の会議の質にも影響するかもしれません。
「EQが低い人を探す」のではなく、「成果を妨げる行動を一つ減らす」という目的で取り組む方がよいでしょう。誰が悪いのかを決める前に、いつ、どこで、どんなやり取りが起きているのかを確かめる。それが経営にEQを取り入れる最初の一歩です。
成果を焦って求めると、行動の変化を見落とす
EQに取り組むと決めた経営者が、翌月の売上の変化だけを見て「効果がなかった」と判断するのは早すぎるかもしれません。仕事の成果には、顧客の事情、季節性、市場環境、商品自体の競争力など、さまざまな要因があります。EQ能力開発の影響を考えるなら、まずは対象となる行動が本当に変わったかを確認する方が現実的です。
例えば、部下から悪い報告を受けたときの管理職の第一声が変わったか。その後、部下が問題を説明しやすくなったか。報告に必要な情報が早く集まるようになったか。こうした変化を確認できれば、次に業務の指標とどうつながるかを考えられます。最初から大きな成果を約束するより、小さな変化が仕事の質にどう関係しているかを丁寧に見ていく方が、経営判断に役立ちます。
また、EQ検査で高得点の人だけを選べばチームが強くなる、という考え方も慎重であるべきです。職種ごとの専門性、役割の組み合わせ、適切な権限、業務ルールなどが整って初めて、人は力を発揮しやすくなります。EQをほかの経営施策と切り離さず、現実の課題に結びつけることが重要です。
まとめ:EQは「成果を保証する魔法」ではなく、成果を支える能力
研究はEQと仕事の成果の関連を示していますが、売上や生産性への直接的な効果をすべて保証しているわけではありません。組織に必要なのは、「EQを高めれば成功する」と信じることではなく、成果を妨げている具体的な行動を見つけ、変化を確かめることです。報告、会議、指摘、対話など、経営の現場にはEQを使う機会が数多くあります。
次回は、その入り口にある「感情リテラシー」を扱います。自分の気持ちを「イライラ」「モヤモヤ」で終わらせないことが、なぜ行動の変化につながるのかを、研究と実務の両面から考えます。
EQの組織導入・個人の能力開発について
株式会社グロースウェルでは、経営者・幹部・管理職などを対象に、EQ検査と個別面談を中心として、組織マネジメントへの助言や法人研修を組み合わせた支援をご相談いただけます。「同じ意見の対立が続く」「管理職の伝え方を見直したい」など、具体的な仕事の課題から取り組み方を整理します。
個人でEQ能力を高めたい方も、お問い合わせフォームからご相談いただけます。変えたい場面が一つ決まっていれば、そこから取り組みを考えられます。
EQと感情リテラシーの実践ガイド|全10回の目次
- 第1回|EQとは?感情知能の意味・歴史・IQとの違い
- 第2回|EQは仕事の成果につながる?(この記事)
- 第3回|感情リテラシーとは?モヤモヤを言葉にする力
- 第4回|怒りを整え、伝え方を変える管理職のEQ
- 第5回|共感力と対話:相手を決めつけない
- 第6回|心理的安全性と報告・相談が届く組織
- 第7回|褒め方・指摘の仕方と1on1
- 第8回|AI時代こそ、人と働く力
- 第9回|EQを高める方法:検査・日記・振り返り
- 第10回|EQを組織に導入する90日間の実践案
参考文献・出典
[1] O'Boyle, E. H. et al. (2011). *The relation between emotional intelligence and job performance: A meta-analysis.* https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/job.714/full
[2] Joseph, D. L. et al. (2015). *Why does self-reported emotional intelligence predict job performance?* https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25243996/
[3] Singapore Ministry of Education, *21st Century Competencies.* https://www.moe.gov.sg/education-in-sg/21st-century-competencies
[4] Yale Center for Emotional Intelligence, *RULER Approach.* https://medicine.yale.edu/childstudy/services/community-and-schools-programs/center-for-emotional-intelligence/ruler/
[5] *Training emotional competencies at the workplace: a systematic review and meta-analysis* (2024). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39627880/