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EQと感情リテラシーの実践ガイド|第5回
「相手の立場になって考えましょう」。共感について説明するとき、よく使われる言葉です。ところが仕事の現場では、その『相手の立場』が思っていたものと違う場合があります。新しいシステムを導入したい経営者は、現場が変化を嫌がっていると思っていた。実際に話を聞くと、現場が心配していたのは新しい操作ではなく、移行期間中に顧客対応が止まることでした。このようなすれ違いは、意欲や性格だけで説明できるものではありません。
共感力とは、相手と同じ感情になることでも、相手の意見にすべて同意することでもありません。相手がどのような状況を見て、何を気にしているのかを理解しようとする力です。今回は、EQの重要な要素である共感力を、管理職や経営者の対話にどう生かすか考えます。
共感と同意は、似ているようでまったく違う
例えば部下が「この計画は現場に負担が大きすぎます」と話したとします。共感することは、すぐに計画を取り下げることではありません。「今の人数で対応できるか不安なんですね。特に負担が大きいのはどの作業ですか」と聞き、相手の見ている問題を理解することです。その後に優先順位や必要な支援を検討し、計画を進める判断をする場合もあるでしょう。
ここで「そうだよね、大変だよね」とだけ返すと、一見優しく聞こえますが、問題が解決しないこともあります。反対に「会社の方針だから」とすぐに押し切れば、相手が持つ重要な情報を失うかもしれません。共感と意思決定を切り離すことで、相手の状況を理解しながら、組織として必要な判断を続けられます。
また、共感という言葉にはいくつかの意味があります。相手の考えや立場を理解しようとする認知的な側面、相手の感情に反応する情動的な側面、相手を支援したいという関心などです。職場で必要なのは、相手の気持ちを全部引き受けることではありません。相手の経験を理解し、適切な距離を保ちながら関わることが大切です。
人は、想像するだけでは相手を正確に理解できない
心理学では、人が他人の考えを推測するとき、自分自身の見え方を出発点にしやすいことが研究されています。Epleyらが2004年に発表した研究は、他者の視点を捉えるとき、最初に自分の視点に引き寄せられ、その後に修正する傾向を扱っています。[1] これは「相手の立場になったつもり」でも、自分の経験が判断に影響しやすいことを示す一つの知見です。
例えば、経営者にとって月末の数字の確認は当たり前でも、新任の管理職にとっては、数字の見方が十分に分からず不安かもしれません。経験豊富な社員が「これくらいできるはず」と感じる仕事も、初めて担当する人には暗黙の前提が多い場合があります。自分にとって簡単なことを、相手にとっても簡単だと考えてしまうのです。
そのため、共感力のある人ほど相手の感情を言い当てる、という理解は適切ではありません。大切なのは仮説を立てた後に確かめられることです。「納期が不安ですか」と聞いて違うと言われたら、「では何が一番気になっていますか」と続ければよいのです。推測が外れたことは失敗ではありません。相手の見方を修正できること自体が、対話の前進です。
仕事で使える「聞き方」は、共感の言葉を増やすことではない
相手が不安そうなとき、「大丈夫?」「つらいよね」と何度も言えばよいわけではありません。まず、相手が話したいことを聞ける余地をつくります。「今の状況で気になっていることはありますか」「どこが一番進めにくいですか」といった質問なら、感情を強制的に聞き出すことなく、仕事上の困りごとから話せます。
相手が話し始めたら、途中で結論を急がず、内容を要約して確認します。「操作を覚えることより、顧客対応が止まることを心配している、という理解で合っていますか」。このように言葉を返すと、こちらの理解が合っているかを本人が判断できます。誤解していれば、その場で修正してもらえます。
ただし、質問ばかり重ねると尋問のようになることがあります。相手が話したくないことは無理に掘り下げず、必要なら自分が何を知りたいのかを説明してください。「導入計画を決めるために、現場で困りそうな点を確認したいです」と目的を示すと、話す側も質問の意図を理解しやすくなります。
反対意見が出たときこそ、共感力を試せる
役員会や開発会議では、同じ目標を目指していても意見が割れます。営業は顧客の期待に応えたい。開発は品質と安全性を守りたい。管理部門は予算を重視している。誰か一人が正しく、別の誰かが間違っているとは限りません。異なる役割を持つ人は、同じ出来事の中でも異なるリスクを見ています。
例えば営業担当が「今月中に新機能を出してほしい」と言い、開発責任者が「それは無理です」と返したとします。ここで双方が互いの専門性を尊重しないまま議論すると、対立が長引きます。「契約条件に関わるので納期が気になるのですね」と営業側の事情を確認し、「今のまま進めると品質にどんな懸念がありますか」と開発側の不安を聞く。そのうえで、実装範囲を減らす、段階的に公開する、顧客と条件を交渉するなどの選択肢を比較します。
共感は意思決定の前に行う情報収集であり、決定を先延ばしにする理由ではありません。相手の感情を理解しても、結論は希望と異なることがあります。その場合も、「何を確認し、どんな判断基準で決めたのか」を説明することで、納得できる材料を増やせます。
「わかるよ」と言う前に、自分の感情も確かめる
相手の話を聞いているつもりでも、自分が焦っていると、早く解決策を言いたくなることがあります。管理職が忙しく、面談を短時間で終わらせたいと思っていれば、部下の説明を最後まで聞けないかもしれません。共感力を育てるには、まず自分の感情の状態を確認することも必要です。
例えば、話が長い部下に苛立ったら、「結論を急ぎたいのは、自分が次の会議を気にしているからではないか」と考えてみます。そのうえで「あと10分あるので、まず一番困っていることを聞かせてください」と時間を共有します。相手を我慢して聞くのではなく、現実の条件を伝えながら聞き方を調整するのです。
共感とは、相手を優先して自分を犠牲にする行為ではありません。自分の負担や限界を把握することも大切です。人の感情を常に引き受けようとすると、管理職自身が疲れてしまう場合があります。役割として対応できることと、専門家や人事部門への相談が必要なことを分ける判断も必要です。
1on1では「気持ちを聞く」の前に「仕事を聞く」
1on1で感情に関わる質問をするなら、「最近どんな気持ちですか」だけで始める必要はありません。仕事で何が進んだか、どこで手が止まったか、どんな関わりが助けになったかを確認し、その中で感情の動きが出てきたら詳しく聞きます。例えば「レビューで指摘が続いたとき、何が一番大変でしたか」と聞けば、技術的な問題と、失敗への不安の両方が分かるかもしれません。
その際、こちらから「それは悔しかったですね」と決めつける必要はありません。「そう言われたとき、どのように受け止めましたか」と聞けば、本人は事実だけを話しても、感情を共有しても構いません。話の途中で自分の解決策を示す前に、「今は整理したいですか。それとも具体的な対応案を一緒に考えたいですか」と確認する方法もあります。
本人が何を望んでいるかを確かめ、必要な支援を選ぶことは、単に親切にすることとは違います。管理職にとっての共感は、相手の仕事を理解し、協力の条件をそろえるための実践的な能力なのです。
日常で共感力を育てるための振り返り
一日の終わりに、今日「相手の考えが理解できない」と感じた場面を一つ思い出してみてください。そして「自分は何を前提にしていたか」「相手はどんな役割や条件の中で判断していたか」「本人に確かめたことは何か」「次に聞ける質問は何か」を書き出します。相手の心理を診断する必要はありません。あくまで、こちらの理解を広げるための作業です。
次の対話では、相手の発言を聞いてすぐ賛成や反対を表明せず、一度だけ要約して確認してみます。「つまり、この部分が一番心配なのですね」と確かめるだけでも、話がかみ合う場合があります。大切なのは、共感できたという手応えを自分だけで判断しないことです。相手に「その理解で合っていますか」と聞いてみてください。
リモートワークでは、相手を知っているつもりになりやすい
オンライン会議やチャットでは、相手の状況が見えにくくなります。返信が遅い社員を「やる気がない」と捉えたり、短い文章を「怒っている」と受け取ったりするかもしれません。しかし、返信を待っている間に別の緊急対応をしている可能性もあります。自分が見えている情報だけで結論を出さないことが重要です。
こうした場面では「返信が遅いと困ります」だけで終わらせず、「この確認が終わらないと顧客に回答できないので、今日の17時までに進捗だけ教えてください」と目的と期限を伝えます。相手の感情を想像することに加えて、仕事の前提を明確にすることで、無用な対立を減らせる場合があります。共感と業務設計は、どちらか一方ではなく両方必要なのです。
相手の話に共感できないとき、どうすればよいか
経営者や管理職であれば、どうしても相手の考えに納得できない場面があります。そのときに「共感しなければ」と無理に自分の気持ちを変える必要はありません。相手と同じ結論になれなくても、「あなたはそう考えているのですね」と確認することはできます。相手の事情を理解することと、自分の判断を変えることは別です。
例えば「残業はしたくないので、今回の納期を延ばしたい」と言われたとき、その理由を聞かずに「責任感がない」と決めつけるのは早計です。業務が集中しているのか、家族の事情があるのか、単に作業見積もりが甘かったのか、事実を確かめる必要があります。事情を理解したうえで、納期を守るための支援や役割分担を考え、必要な責任を明確にすることはできます。
異なる価値観の人と働くことも、共感力を広げる機会になる
同じ会社で働いていても、何にやりがいを感じるかは人によって違います。顧客から感謝されることが励みになる人もいれば、新しい技術に挑戦することや、安定して品質を守ることに誇りを感じる人もいます。「自分ならこれがうれしい」という基準だけで褒めたり仕事を任せたりすると、期待とずれるかもしれません。
例えば、昇進を勧められても本人が迷っている場合、その理由は挑戦が嫌いだからとは限りません。専門性を深めたいのか、管理職の役割がまだ分からないのか、生活との両立を心配しているのか。本人の価値観を確かめてから選択肢を整理する方が、長期的なキャリアの対話につながります。共感力は、自分と似ている人だけを理解する力ではないのです。職場で新しい価値観に出会ったとき、「自分ならそうしない」と感じた理由も振り返ってみてください。相手を知るだけでなく、自分の判断の前提が分かる場合があります。視点を修正する力は、年齢や経験を重ねてからも意識して使いたい能力です。[2]
自分の理解が間違っていたとき、どう修正するか
共感力が高い人は、相手を必ず正しく理解できる人ではありません。むしろ、自分の理解が違っていたと分かったときに、素直に修正できる人だと考える方が実務では役立ちます。例えば部下が不満そうに見えたので「仕事量が多いのですね」と話したところ、「仕事量ではなく、目的が分からないことが困っています」と返ってきたとします。このとき「そうだったのですね。では目的を整理しましょう」と応じれば、会話は進みます。
相手に気持ちを説明してもらったら、こちらも自分の考えを伝えて構いません。「会社として、この業務を続ける必要があります。ただし、進め方については改善できるところを一緒に考えたいです」と伝えることもできます。共感したから相手の希望をすべて受け入れる必要はなく、意見が違っていても対話を続けることは可能です。
対話の最後には、理解した内容を短くまとめ、次にどうするかを確認してください。「優先順位の基準が分からず不安だったことが分かったので、明日までに判断基準を共有します」と伝えれば、本人も話した内容がどう扱われるかを理解できます。共感が実際の支援や判断につながったかまで確認することで、会話を一度きりのものにしないことができます。
まとめ:共感は、相手を理解したつもりで終わらない力
共感力は、相手の気持ちを当てる特別な才能ではありません。自分とは違う見方があると理解し、必要なことを本人に確かめ、得られた情報を判断に生かす力です。同意することとは異なり、厳しい判断や率直な意見交換と両立できます。自分の感情と限界にも目を向けながら、相手の立場を理解する練習を重ねていきましょう。
次回は、こうした対話が組織の中で行われるための条件として「心理的安全性」を扱います。なぜ社員は問題を知っていても報告できないのか。その構造を考えます。
EQの組織導入・個人の能力開発について
株式会社グロースウェルでは、経営者・幹部・管理職などを対象に、EQ検査と個別面談を中心として、組織マネジメントへの助言や法人研修を組み合わせた支援をご相談いただけます。「同じ意見の対立が続く」「管理職の伝え方を見直したい」など、具体的な仕事の課題から取り組み方を整理します。
個人でEQ能力を高めたい方も、お問い合わせフォームからご相談いただけます。変えたい場面が一つ決まっていれば、そこから取り組みを考えられます。
EQと感情リテラシーの実践ガイド|全10回の目次
- 第1回|EQとは?感情知能の意味・歴史・IQとの違い
- 第2回|EQは仕事の成果につながる?
- 第3回|感情リテラシーとは?モヤモヤを言葉にする力
- 第4回|怒りを整え、伝え方を変える管理職のEQ
- 第5回|共感力と対話:相手を決めつけない(この記事)
- 第6回|心理的安全性と報告・相談が届く組織
- 第7回|褒め方・指摘の仕方と1on1
- 第8回|AI時代こそ、人と働く力
- 第9回|EQを高める方法:検査・日記・振り返り
- 第10回|EQを組織に導入する90日間の実践案
参考文献・出典
[1] Epley, N. et al. (2004). *Perspective taking as egocentric anchoring and adjustment.* https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15382983/
[2] Epley, N., Morewedge, C. K. & Keysar, B. (2004). *Perspective taking in children and adults: Equivalent egocentrism but differential correction.* https://doi.org/10.1016/j.jesp.2004.02.002