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エンジニア組織が感情で崩れる理由

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CTO・VPoEとエンジニア組織の実践ガイド|第8回

「制度を変えたのに、会議の空気が良くならない」「開発の仕組みを整えたはずなのに、相談が減っている」。経営者や技術責任者から見ると、原因がつかみにくい現象があります。これまでの連載では、役割や意思決定の仕組みを整理してきました。しかし、同じ仕組みでも、人の関係によって動き方が変わることがあります。

その一つの要因が感情です。ただし「組織は感情で崩壊する」という言葉を、あらゆる問題の原因が感情にあるという意味で使うべきではありません。事業の失敗には市場や資金、技術、組織など多様な要因があります。感情が重要なのは、その要因を話し合い、情報を共有し、改善するための行動に影響するからです。今回は、見えにくい感情がどう仕事へ表れるのかを考えます。

CEO・CTO・現場には、それぞれ違う不安がある

同じ開発プロジェクトに関わっていても、責任によって見ているものは異なります。CEOは顧客との約束や投資回収を心配し、CTOは品質やセキュリティを気にかけ、現場は追加された仕事を期限内に終えられるか不安に思っているかもしれません。どれか一つが正しいわけではありません。問題は、その違いを知る機会がなく、相手を「理解してくれない人」と判断してしまうことです。

例えばCEOが「なぜまだできない」と尋ね、CTOが「技術的に難しい」と答える。同じ会話を繰り返していても、CEOが知りたいのは代替案や納期の見通しで、CTOが伝えたいのは品質リスクかもしれません。感情のすれ違いがある場合は、事実と相手への解釈を分けて整理する必要があります。「急ぎたい理由」と「止めたい理由」を言葉にし、共通の判断材料を作ります。

感情は、意思決定をどう変えるのか

不安はリスクを探す方向へ注意を向けることがあります。期待は新しい機会に目を向けさせるかもしれません。怒りは問題を正すための行動を促す場合もあります。しかし感情はいつでも正しい情報とは限りません。誰かの不機嫌を見て「自分に不満がある」と思い込むこともあります。まず自分が何を感じているかに気づき、そこから導いた解釈が事実かどうか確認することが重要です。

例えば技術レビューで厳しい指摘を受けた人が、それを「自分の技術力を否定された」と感じることがあります。指摘した側は品質を高めたかっただけかもしれません。どちらの認識も、話し合わなければ確かめられません。感情を理解することは相手の心を決めつけることではなく、違う見方が存在する可能性を認めることです。

「発言が減った」は心理的安全性の低下なのか

会議で意見が少ないことだけで、心理的安全性が低いと判断できません。議題に異論がない場合も、参加者が情報を事前に共有している場合もあります。ただし、失敗を報告すると責められる、質問すると評価が下がると感じられているなら、仕事上のリスク情報が集まりにくくなる恐れがあります。

心理的安全性の研究では、チーム内で質問、失敗の共有、異論の表明といった対人リスクを取れることが、学習行動と関連していると報告されています。エドモンドソンの1999年の研究はその重要な出発点の一つです。[1] 心理的安全性は厳しさをなくすことではありません。高い品質基準を維持しながら、問題が小さいうちに共有できる状態をつくることです。

感情が組織を弱らせる5つの経路

1.悪い報告が遅れる

障害や納期遅延を伝えると強く責められる経験が重なると、担当者は報告のタイミングを迷うかもしれません。結果として、経営やCTOが状況を知るのが遅れ、対応の選択肢が減る場合があります。ただし報告の遅れが必ず感情によるものとは限らず、報告経路や基準の不明確さ、作業負荷も確かめます。

2.会議の反対意見が消える

何度も提案を否定された人は、根拠があっても発言しなくなる可能性があります。意思決定者は「全員賛成した」と捉えても、実際には検討すべき論点が残ります。会議の最後に「この案がうまくいかないとしたらどこですか」と尋ね、出た懸念を判断の材料にします。

3.部門間で相手を悪者にする

営業は「開発が遅い」と言い、開発は「営業が無理な約束をする」と言う。双方が自分の仕事を守ろうとしている場合があります。個人の態度を責める前に、誰がどの約束をし、どの時点で技術的な確認が必要かを決めます。事実と相手への印象を分けることで対話しやすくなります。

4.改善案への期待が下がる

過去に改善提案が放置されていれば、次の施策にも協力する意欲が生まれにくくなります。制度を新しくしただけでは納得感は得られません。以前の提案をどう扱ったか、改善できなかった理由を説明し、今回何を変えるのかを示す必要があります。小さな約束を守ることが信頼の回復につながります。

5.採用や育成の対話が形式的になる

「ここでは意見を言っても変わらない」と感じている組織で、1on1や評価面談の回数だけ増やしても効果は限られます。相手が何を話してほしいか、どこで支援できるかを確認し、実際のアクションにつなげます。進捗と感情を扱う時間は対立するものではなく、仕事の条件をそろえるために両方必要です。

感情の問題と制度・業務量の問題を混同しない

「最近元気がない」「チームの雰囲気が悪い」といった言葉だけで原因を決めることはできません。例えば、連日の障害対応や、達成不可能な納期が続けば、誰でも疲れます。管理職の共感力を高めるだけでは、仕事量の問題は解決しません。業務上の事実、役割や権限、本人の受け止め方を分けて確認することが重要です。

本人の感情について尋ねるときも、回答を強制するべきではありません。「不安ですか」と決めつけるより、「進めるうえで何か懸念はありますか」「困っている条件があれば教えてください」と聞きます。個人の話を評価や配置判断に使う場合には、目的や取り扱いに配慮します。感情を扱うことが新しい監視にならないよう注意が必要です。

CEO・CTOが取り組める3つの改善

一つ目は、意思決定に感情の背景を添えることです。「期限を守りたい」という希望だけでなく、顧客や事業にとって何が重要なのかを説明します。二つ目は、会議で異論を求め、採否の理由を伝えることです。三つ目は、問題が起きた後の振り返りで、個人を責める前に仕組みを確認することです。

例えば重大な障害後の振り返りでは、誰がいつ何を知り、何を判断したのかを整理します。報告しにくさがあったなら、その理由を聞きます。同時に、監視や自動テスト、権限の設計など技術・運用の条件も見直します。感情と技術の両方を扱うことで、同じ問題を別の形で繰り返すリスクを減らすことを目指します。

EQの役割は「感情を利用して人を動かす」ことではない

EQとは一般に、自分と他者の感情を理解し、思考や行動に生かす能力です。相手を思い通りに操作する技術と理解するのは適切ではありません。自分の焦りを知り、相手の懸念を確かめ、対話の進め方を選ぶために活用します。感情の名前を知ることは役立ちますが、それだけで職場が改善するとは限りません。[2]

第9回では、こうした考え方を1on1やフィードバック、経営会議などの場面でどう使うかを具体的に扱います。今回の段階では、「事実と感情を分けて聞く」「相手の感情を決めつけない」「必要な業務上の条件も変える」という三つを押さえておけば十分です。

仕様変更をめぐる対立は、どのように悪循環になるのか

例えば、営業部門が大型案件の受注に向けて、納期直前に機能追加を求めたとします。営業は顧客を失うことへの不安を抱え、開発は障害や手戻りへの恐れを感じています。双方とも会社の成果を考えているにもかかわらず、「営業は技術を分かっていない」「開発は顧客のことを考えていない」と評価し始めると、問題が相手の人格や姿勢へすり替わります。

そこで、事実・目的・懸念を分けて話します。事実は「残り二週間で追加要望が三件ある」。営業の目的は「重要顧客との契約条件を満たす」。開発の懸念は「品質保証の時間が不足する」。ここまで共有できれば、「三件すべて必要か」「顧客が利用する順番はどうか」「どの品質条件を譲れないか」と議論を進められます。感情を理解することは、どちらかの要求を無条件に認めることではありません。本人たちが大事にしている条件を明らかにし、判断へ戻すために役立ちます。

会議で合意しても、相手への不信感がすぐ消えるわけではありません。変更依頼の締め切りや例外の承認者を定め、次の案件で同じ摩擦を繰り返さない仕組みをつくります。「みんな仲良くしよう」という呼びかけより、判断条件が見える状態をつくることの方が、長く続く改善に結びつく場合があります。

感情を測りたいとき、従業員に何を聞くべきか

組織の感情を理解しようとして、毎日「あなたの感情を教えてください」と入力を求めることがあります。しかし、感情の共有が義務になれば、本人は評価への影響を心配し、本当の気持ちを書きにくくなるかもしれません。感情を業績評価の道具にしないこと、回答の利用目的を限定すること、少人数での再識別の危険を理解することが必要です。

実務上は、感情そのものを尋ねるより、「不明点を相談できるか」「反対意見を言った後に不利益がないか」「仕様変更の理由が説明されるか」といった仕事の条件を確認する方が、改善につながる場合があります。もちろんアンケートだけでは実態を判断できません。会議の観察、障害報告の流れ、1on1で出た課題、採用辞退の理由などと合わせて考えます。

心理的安全性を測るなら、研究に基づく尺度の意味と限界を理解し、社内の個人評価と安易に結びつけないことが大切です。アンケートを実施して結果が低かった部門を叱責すれば、次の回答はさらに本音から離れるかもしれません。測定の目的は、組織の「感情の点数」を付けることではなく、仕事の中で不安や懸念がどこに生まれ、何を変えられるかを検討することです。

経営者が自分の感情を扱うことにも意味がある

組織の感情を扱う話になると、経営者やCTOが部下の気持ちを理解することに意識が向きがちです。しかし、重要な意思決定で強く動くのは上司自身の感情でもあります。売上の未達による焦り、過去の失敗への後悔、競合への警戒心。これらが無意識のまま意思決定へ影響すると、対策を急ぎすぎたり、必要なリスク情報を聞き逃したりすることがあります。

経営会議で強い苛立ちを感じたら、「相手が間違っている」と結論づける前に、自分はどの結果を恐れているのかを確認します。そのうえで「今月の資金繰りを懸念しているので、実現可能な選択肢を期限付きで比較したい」と伝えれば、感情は判断条件として共有できます。感情を語れば必ず相手に伝わるわけではありませんが、怒りそのものをぶつけるより建設的な議論へつなげやすくなります。

まとめ:組織に必要なのは感情の共有より、問題を話せる条件

感情は人の判断に影響しますが、組織の不調を感情だけで説明することはできません。技術や業務量、役割、評価制度と組み合わせて見て初めて、問題の輪郭が分かります。意見の対立をなくそうとするのではなく、異なる前提や懸念があるときに、仕事の判断へつなげられる関係を目指します。

もし最近、相談が遅れている、会議で異論が出なくなったと感じるなら、誰かの性格を評価する前に具体的な場面を一つ振り返ってみてください。どんな情報が共有されず、なぜ出しにくかったのか。そこから改善に着手できます。

感情を扱う会議で、やってはいけない三つのこと

一つ目は、会議の冒頭で全員に本音を強制することです。気持ちを話したくない人にも安心して働く権利がありますし、話した内容が後の人事評価に使われると感じれば、率直な発言は難しくなります。感情を聞く目的は、隠された不満を暴くことではなく、仕事で困っていることを理解し、必要なら改善することです。「話せる範囲で」という条件と、情報を誰に共有するかの説明が必要です。

二つ目は、不満を聞いた瞬間に正しい・間違いを判定することです。「リリースが怖い」と言ったメンバーには、その根拠となる技術的なリスクや過去の経験があるかもしれません。まず「何が起きると心配しているのか」「どのデータがあれば判断できるか」を尋ねます。感情を尊重することと、本人の結論に無条件で賛成することは別です。

三つ目は、感情の問題を解決すれば業務設計の問題もなくなると思い込むことです。納期の根拠がない、担当範囲が曖昧、レビューを受ける時間がないといった条件は、対話だけでは改善しません。必要なのは、感情の背景にある環境を把握し、判断の手順や役割、仕事量を変えることです。CTO・VPoEにはチームの気持ちに関心を向ける姿勢と、技術組織を運営する具体的な仕組みづくりの両方が求められます。

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CTO・VPoEとエンジニア組織の実践ガイド|全10回

  1. 第1回:優秀なのに嫌われる上司の特徴と改善策
  2. 第2回:CTO機能チェックリスト15項目
  3. 第3回:エンジニア組織崩壊の兆候20選
  4. 第4回:開発が遅い会社の共通点
  5. 第5回:CTOがいるのに事業が進まない理由
  6. 第6回:経営者・CTOにメンターは必要か
  7. 第7回:外部CTO・技術顧問・メンタリングの違い
  8. 第8回:なぜエンジニア組織は感情で崩れるのか(この記事)
  9. 第9回:CTO・VPoEのEQ実践法
  10. 第10回:CTO・VPoEの組織改善90日ロードマップ

参考文献・出典

[1] Edmondson, A. (1999), Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. https://dash.harvard.edu/entities/publication/13a7b031-0fdd-45ec-a7e0-2b80e2bc679f

[2] Mayer, J. D., Caruso, D. R. & Salovey, P. (2016), The Ability Model of Emotional Intelligence: Principles and Updates. https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/1754073916639667

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