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EQと感情リテラシーの実践ガイド|第10回
「EQの重要性は分かった。では、自社では何から始めればよいのだろう?」。全10回の連載の最後は、この問いに答えたいと思います。管理職の伝え方を改善したい。役員同士のすれ違いを減らしたい。社員が問題を早く相談できる組織にしたい。EQを導入する目的は、会社によって異なります。だからこそ、最初に全員の検査や研修を手配する前に、何を変えたいのかを具体的に決めることが重要です。
ここでは、90日間を一つの試行期間として考えます。これは研究によって決まったEQ導入の標準日数ではありません。変えたい行動を決め、実際に試し、振り返るための実務上の提案です。会社の規模や課題によって期間や方法を調整しながら、無理なく進めることを目指します。
EQ導入の目的を「EQを高める」で終わらせない
「管理職のEQを高めたい」という目標だけでは、導入後に何が変わったかを判断しにくくなります。そこで、「部下からの相談が遅れる」「会議で対立すると結論が出ない」「指摘が厳しくなり、社員が萎縮している」といった仕事上の場面まで具体化します。実際に困っている出来事を出発点にすることで、対象者や必要な取り組みを選びやすくなります。
例えば、報告が遅れることが課題なら、「問題が見つかってから上司に共有されるまでの時間を短くする」といった目標が考えられます。管理職の指摘が課題なら、「次に改善すべき行動が伝わる指摘を増やす」といった目標がよいでしょう。数字にしやすいものだけを選ばず、行動を観察する方法も考えます。
重要なのは、問題を管理職や社員の「性格」に帰着させないことです。報告が遅れるのは、上司の強い反応が原因かもしれませんし、情報を共有する仕組みが曖昧だからかもしれません。EQ能力開発が必要な部分と、業務プロセスを変えるべき部分を分けて考える必要があります。
最初の30日:経営課題と現状の行動を確認する
最初の1か月は、何を改善するかを決める期間にします。経営者や対象部門の責任者から、どんな場面で困っているかを聞きます。例えば「幹部会で反対意見が出ると感情的な議論になる」「1on1が進捗確認だけになっている」「納期遅延が分かっても報告が上がらない」といった具体例を集めます。
そのうえで、対象とする人や場面を選びます。最初から全社の全社員を対象にする必要はありません。例えば管理職5人程度の小さな集団や、課題が明確な一つの部署から始める方法があります。人数に正解はなく、取り組みを見守り、行動の変化を確認できる規模で始めることが大切です。
EQ検査を使う場合には、何を測る検査なのか、結果をどのように扱うのかを説明します。能力検査、自己回答式の検査、周囲からのフィードバックは、それぞれ性質が異なります。検査を受けた後は、数値だけを見るのではなく、本人が経験している仕事の場面と照らし合わせます。「忙しいと相手の話を遮りがち」「反対意見が出ると自分の考えを引っ込める」など、実際に起きる反応を具体的に整理することが重要です。
取り組みを始める前に、確認したい個人情報の扱い
EQ検査や感情日記には、本人の考え方や感情に関わる情報が含まれます。本人の自己理解を目的に行うなら、その情報が誰に見られるのかを事前に明確にする必要があります。個別結果を本人の同意なく人事評価へ使うような運用は、率直な回答を妨げる可能性があります。会社が把握する情報と、本人が個別面談で扱う内容を区別することが重要です。
また、導入の目的や範囲を社員に説明しないまま「全員EQ検査を受けてください」と伝えると、「自分の性格を評価されるのでは」と感じる人もいるでしょう。感情の扱い方を学ぶ機会であること、どのような行動の改善を目指すのかを丁寧に共有したいところです。
31〜60日目:仕事の中で行動を一つ変えてみる
2か月目は、学んだことを実際の仕事で試す期間です。例えば、会議での発言が少ない部門では、管理職が先に結論を言うのではなく、メンバーの意見を聞いてから判断する方法を試します。報告の遅れが課題なら、社員が困ったときに上司へ相談しやすいよう、最初の反応を変える取り組みをします。
具体的には「報告を受けたら、まず状況を整理する」「反対意見が出たら、相手の意図を確認してから自分の考えを伝える」「指摘するときは、人格ではなく行動と影響を伝える」など、一人ひとりが実践しやすい行動を選びます。全員に同じ課題を与える必要はありません。本人の役割や、実際に困っている場面に合わせて決めます。
行動を変えることは、頭で理解するほど簡単ではありません。忙しいときや緊張した場面では、長年の習慣が出ることがあります。そのため、週に一度だけでも「どの場面で試せたか」「どこで難しかったか」「次にどうするか」を振り返ります。うまくいかなかった人を責めるのではなく、行動の選び方や仕事の条件を見直すための時間にします。
61〜90日目:検査の数字だけでなく、仕事の変化を確かめる
3か月目は、取り組みの結果を確認する期間です。例えば報告の遅れが課題なら、問題の発見から共有までの時間や、相談のしやすさに変化があったかを確かめます。会議での対立が課題なら、懸念が事前に共有されるようになったか、意思決定の担当者と期限が明確になったかを見ます。
EQ検査を再度受ける場合には、結果が変化した意味を慎重に考える必要があります。同じ検査でも短期間の点数の違いに測定誤差や回答時の状況が影響することがあります。点数の変化だけを成果とせず、実際の仕事での行動、本人の振り返り、必要に応じた周囲の観察などと合わせて評価する方がよいでしょう。
また、取り組みの途中で想定外の問題が見つかることもあります。例えば上司の伝え方を改善しても、社員が相談できない背景に過重な業務量があれば、組織の仕事の設計を変える必要があります。EQ導入の結果、制度や業務プロセスの課題が見えてきたなら、それも重要な発見です。
EQ研修を「一度きりのイベント」にしないために
講義やワークショップを受けた直後は、誰でも新しいことを試そうと思いやすいものです。しかし、日常の仕事に戻ると、以前の習慣に引き戻されることがあります。2024年の職場における感情関連能力トレーニングのメタ分析では、平均的な改善が報告される一方、研究間のばらつきや方法上の課題も指摘されています。[1] 研修の実施だけで成果を保証できないからこそ、実践と振り返りを組み合わせる必要があります。
例えば、幹部研修の後で「今週から会議で意識すること」を一つ決め、翌週の会議で振り返る。管理職の個別面談で、最近部下との間に起きた出来事を取り上げ、別の言葉を試してみる。こうした小さな取り組みを継続する方が、学んだことを仕事に持ち帰りやすくなります。
管理職だけに変化を求めないことも大切です。経営者が会議で部下の話を遮ったり、反対意見を強く否定したりしていれば、研修で学んだ行動が組織に根づきにくくなります。組織にEQを導入するなら、経営層自身が取り組む姿勢を示す必要があります。
「組織のEQ」を一つの数字にまとめようとしない
個人のEQ検査の得点を平均して、「これが当社の組織EQです」と説明することには注意が必要です。検査が測っているもの、回答の条件、チームごとの仕事の性質が異なれば、平均値だけでは実態が分からない場合があります。個人の感情知能と、チームの心理的安全性、組織文化は、それぞれ関連があっても異なる概念です。心理的安全性については、チーム内で懸念や失敗を共有できる状態と学習行動の関連が研究されています。[2]
例えば、個人としてEQに関する自己評価が高いメンバーが集まっていても、部門間の権限が曖昧であれば対立が起こることがあります。逆に、感情を言葉にするのが得意でない人がいても、会議の進行や相談の仕組みがよく整っていれば、必要な情報が共有される場合があります。数字は一つの材料として使い、実際の行動や仕組みと合わせて見ていきたいところです。
経営者が最初に決めたい、3つのこと
一つ目は、どの経営課題に取り組むかです。「社員を成長させる」という大きな目標だけでなく、「管理職の指摘を改善したい」「報告の遅れを減らしたい」など、具体的な場面を決めます。二つ目は、最初に取り組む対象者と役割です。経営者と幹部が始めるのか、特定部署の管理職から始めるのか。三つ目は、何を見て変化を判断するかです。検査結果だけでなく、日常の仕事での行動を確認できる方法を選びます。
この三つが決まれば、検査、個別面談、研修、会議での実践をどのように組み合わせるか考えやすくなります。すべての企業に同じプログラムが合うわけではありません。まず困っている場面から始め、必要なところに手を打つことが現実的です。
90日間の実践案を、一枚の計画にまとめる
経営者が導入を決めたら、最初に簡単な計画を共有すると進めやすくなります。例えば「課題:悪い報告が遅れる」「対象:開発部門の管理職4人」「試す行動:報告を受けたら、責任追及より先に事実と影響を確認する」「確認する変化:報告までの時間と、相談後の対応の進み方」といった内容です。担当者と振り返りの時期も決めておけば、取り組みが研修だけで終わりにくくなります。
ただし、評価のために数字を増やしすぎる必要はありません。記録に時間がかかるほど現場の負担が大きくなります。まずは一つか二つの指標を決め、実際に使えるかを試してみてください。数字を集めることが目的にならないよう、「何の判断をするための記録か」を明確にしておきます。
成果が出ないときは、研修不足と決めつけない
90日間取り組んでも、想定した変化が出ないことはあります。その場合は「社員の意識が低い」と結論づける前に、目標が具体的だったか、対象者に実践の機会があったか、経営層も同じ行動に取り組んでいたかを確認します。業務量や権限の問題が残っていれば、EQの知識を学んでも行動を変えにくい場合があります。
例えば「管理職が部下の話を聞く」と決めても、管理職一人が多数のメンバーを担当し、面談の時間が確保されていなければ、実践を継続するのは難しいでしょう。必要なのは追加研修かもしれませんし、会議や役割の見直しかもしれません。失敗を個人の資質に帰着させず、仕事の条件まで含めて検討することが重要です。
社員が安心して参加できる能力開発にする
EQ検査や個別面談を行うときには、本人が自分の課題を話しやすい環境をつくる必要があります。例えば、個別面談で話した内容が本人の同意なく人事部門へ伝わると分かれば、率直に話しづらくなるでしょう。経営者が知るべきことと、本人の自己理解に用いる情報は分けて扱う方が適切です。
また、能力開発の場で誰かを「EQが低い人」と固定的に呼ぶことは避けたいところです。検査は本人の価値を決めるものではなく、特定の観点から傾向を捉える道具です。得意なことと改善したいことを明確にし、本人が次の行動を考えられるように支援することが、導入の目的に合っています。
組織導入の相談をするときに用意したい情報
外部の支援を検討するとき、最初から研修内容を細かく決めておく必要はありません。それよりも「何が困っているか」「誰が関わっているか」「これまでどんな対策をしたか」が分かると、進め方を考えやすくなります。例えば「管理職8人を対象にしたい。部下への指摘が強いことが課題で、一般的なマネジメント研修は実施したが行動はあまり変わらなかった」という説明なら、現在地が把握できます。
そのうえで、検査を行うのか、個別面談を中心にするのか、組織への助言や研修を組み合わせるのかを検討します。グロースウェルでも、対象となる人と具体的な仕事の場面を確認したうえで、取り組み方を整理しています。[3] すべての企業に同じ方法を当てはめるのではなく、課題に合う方法を選ぶことが重要です。
最初の相談では、目標がまだ十分に整理できていなくても構いません。「役員同士で意見がぶつかる」「経営方針が現場へ伝わらない」といった具体的なエピソードが一つあれば、そこから考えることができます。組織にEQを取り入れる第一歩は、難しい専門用語をそろえることではなく、今の仕事のどの場面を変えたいかを言葉にすることです。
まとめ:感情を理解し、行動を変えることを組織の習慣にする
EQを組織に導入する目的は、社員全員に一つの理想的な性格を求めることではありません。自分と相手の感情を理解し、仕事の中で適切な判断と行動を選べる機会を増やすことです。経営課題を明確にし、少人数から試し、変化を確かめ、必要なら仕組みも見直す。90日間の実践案は、そのための一つの進め方です。
この連載では、EQの意味と歴史から、感情リテラシー、怒り、共感、心理的安全性、1on1、AI時代の協働、個人の能力開発までを考えてきました。共通するのは、感情を我慢する対象としてだけでなく、行動を選ぶための情報として扱う姿勢です。まずは自社の中で、最も変えたい場面を一つ決めるところから始めてみてください。
EQの組織導入・個人の能力開発について
株式会社グロースウェルでは、経営者・幹部・管理職などを対象に、EQ検査と個別面談を中心として、組織マネジメントへの助言や法人研修を組み合わせた支援をご相談いただけます。「同じ意見の対立が続く」「管理職の伝え方を見直したい」など、具体的な仕事の課題から取り組み方を整理します。
個人でEQ能力を高めたい方も、お問い合わせフォームからご相談いただけます。変えたい場面が一つ決まっていれば、そこから取り組みを考えられます。
EQと感情リテラシーの実践ガイド|全10回の目次
- 第1回|EQとは?感情知能の意味・歴史・IQとの違い
- 第2回|EQは仕事の成果につながる?
- 第3回|感情リテラシーとは?モヤモヤを言葉にする力
- 第4回|怒りを整え、伝え方を変える管理職のEQ
- 第5回|共感力と対話:相手を決めつけない
- 第6回|心理的安全性と報告・相談が届く組織
- 第7回|褒め方・指摘の仕方と1on1
- 第8回|AI時代こそ、人と働く力
- 第9回|EQを高める方法:検査・日記・振り返り
- 第10回|EQを組織に導入する90日間の実践案(この記事)
参考文献・出典
[1] *Training emotional competencies at the workplace: a systematic review and meta-analysis* (2024). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39627880/
[2] Edmondson, A. (1999). *Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams.* https://dash.harvard.edu/entities/publication/13a7b031-0fdd-45ec-a7e0-2b80e2bc679f
[3] 株式会社グロースウェル「EQの組織導入・法人研修」. https://growthwell.co.jp/service/eq-organization/