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EQと感情リテラシーの実践ガイド|第7回
「部下は褒めた方が伸びる」と聞いて、「素晴らしい」「さすがですね」「よく頑張りました」と声をかけている。それでも、部下の反応が思ったほどよくない。逆に、改善点を指摘すると不満そうな顔をされてしまう。こうした経験はないでしょうか。褒めることも指摘することも必要ですが、決まった言葉を使えば相手に届くわけではありません。
大切なのは、自分が相手のどの行動を見て、何に価値を感じ、次にどのような仕事を期待しているかです。EQは、そのことを理解し、相手の状態も確かめたうえで伝え方を選ぶ力として役立ちます。今回は、褒める言葉の選び方、注意の仕方、1on1での対話を、研究と職場の場面から考えてみます。
褒めることの目的は、相手の気分をよくするだけではない
「すごいね」と言われれば、うれしいと感じる人もいるでしょう。しかし、それだけでは「どの行動がよかったのか」「次に何を続ければよいのか」は伝わりません。例えば、トラブル発生時にメンバーが顧客へ早く状況を共有したなら、「早い段階で顧客に状況を知らせてくれたので、代替案を検討する時間を確保できました。助かりました」と伝えた方が、仕事への貢献を具体的に共有できます。
このとき、言葉の表面だけを真似する必要はありません。上司自身が「本当に助かった」と感じているからこそ、何がどう助かったのかを説明できます。感情を伴わない形式的な称賛を繰り返すと、相手は評価されているというより、定型文を受け取っているように感じるかもしれません。褒め言葉を探す前に、自分が相手の仕事をどう受け止めたのかを確かめたいところです。
もちろん、感謝を伝えることと人事評価は別の場面です。上司の感情だけで仕事の評価を決めてはいけません。評価制度ではあらかじめ共有した基準を用いる必要があります。そのうえで、日常のコミュニケーションでは、実際に観察した行動とその意味を言葉にすることが、相手の理解を助けます。
研究から考える、フィードバックの「情報としての価値」
教育心理学では、どのようなフィードバックが学習に役立つかが研究されてきました。HattieとTimperleyの2007年の論文では、課題そのもの、取り組んだ過程、自己調整に関する情報と、本人への漠然とした評価とを分けて考えています。[1] 教育場面の研究なので、職場の人事評価にそのまま当てはめることはできません。それでも、褒める言葉に「次の行動に役立つ情報が含まれているか」という視点は参考になります。
例えば「あなたは本当に優秀だね」よりも、「難しい仕様変更を三つの選択肢に整理してくれたので、会議で判断しやすくなりました」と言われた方が、何を評価されたのかを理解できます。本人の人格ではなく、実際の行動や工夫に焦点を当てるのです。
また、フィードバックは常に良い効果を生むわけではありません。KlugerとDeNisiによる1996年のメタ分析では、フィードバックの介入は平均として成果を改善するものの、一部の条件では成果を下げることも示されました。[2] だからこそ、回数を増やすことだけを目標にせず、何を伝え、相手がどう受け止めたかまで確認したいところです。
「頑張ったね」が響かないとき、何を見直すか
例えば、休日返上で案件に対応した部下に「頑張ったね」と伝えても、相手は複雑な気持ちかもしれません。そもそも無理な計画だったと感じていれば、努力を称賛されることより、同じことが繰り返されない仕組みを求めている可能性があります。上司は感謝を伝えながら、負担の原因にも目を向ける必要があります。
「今回、予定外の対応まで引き受けてくれて助かりました。負担が大きくなった背景も確認したいので、次回の進め方を一緒に見直しましょう」と伝えれば、感謝と改善の両方を示せます。ここで重要なのは、相手の苦労に気づきながら、それを美談で終わらせないことです。部下を認めることは、無理な働き方を肯定することとは違います。
人によって、うれしく感じる評価の仕方も違います。多くの人の前で褒められたい人もいれば、個別に具体的な言葉をかけられる方がよい人もいます。相手の好みを決めつけるのではなく、「こうしたフィードバックは役立ちますか」と確認してみてもよいでしょう。
指摘するときは、人格ではなく行動と影響を伝える
必要な指摘を避けることは、部下のためにもなりません。品質上の問題や約束が守られなかったことを曖昧にすれば、同じ問題が繰り返される可能性があります。ただし、「あなたは責任感がない」「いつも詰めが甘い」といった人格への評価は、本人が次に何をすればよいかを示していません。
例えば「レビューで確認漏れがあった」ときは、「今回のリリース前チェックで三つの項目が未確認でした。顧客への影響を防ぐため、次回からチェック記録を残してほしい」と伝えます。相手が説明できる余地も残します。「どこで確認が難しかったですか」と聞けば、作業量、手順、役割の問題が分かるかもしれません。
上司の中に苛立ちがあっても、その感情をそのまま相手にぶつける必要はありません。なぜ気になるのかを整理すると、「品質を守りたい」「顧客への責任を果たしたい」という目的が見えてきます。その目的に沿って伝えれば、指摘を弱めずに相手の行動へ焦点を当てられます。
1on1を「上司の指導時間」だけにしない
1on1が毎回、進捗報告と上司からの指示だけで終わっていないでしょうか。もちろん進捗確認は重要ですが、それだけではメンバーが感じている難しさや、仕事に対する意欲を知る機会が少なくなります。面談の目的を、状況確認だけでなく、本人が考えを整理し、次の行動を選ぶ支援にも置いてみます。
例えば「最近、仕事が面白かった瞬間はありましたか」「逆に手が止まったのはどんな場面でしたか」と聞いてみます。本人が「新しい仕組みを考えるのは楽しいけれど、依頼の優先順位が分からなくて困る」と話したなら、単に励ますのではなく、任せ方や判断基準を調整できます。1on1は、感情を分析する場ではなく、仕事の進め方を一緒に考える場として使えます。
また、部下が話したくないことまで聞き出す必要はありません。「今は特にありません」と答えたら、無理に感情を掘り下げず、必要な情報提供や業務の相談に切り替えればよいのです。本人が話しやすい範囲を尊重することも、管理職に求められる配慮です。
自律性と成長を支える言葉を考える
自己決定理論では、人の動機付けに関わる基本的な心理的欲求として、自律性、有能感、関係性が論じられています。[3] この理論はEQそのものの定義ではありませんが、部下への伝え方を考えるうえで参考になります。上司が一方的に正解を与え続けるより、本人が状況を理解して選択できる余地を残すことが、仕事への主体的な関わりを支える可能性があります。
例えば「次回はこの方法で進めなさい」と指示する場面でも、「この品質条件は守りたい。その範囲で、あなたならどう進めますか」と問いかけられます。必ず本人の案を採用しなければならないわけではありません。制約を共有したうえで選択肢を考えることが、能力開発につながります。
褒める場面でも「私に認められたからよい仕事だ」という構図にせず、「この工夫が顧客の課題解決にどう役立ったか」を伝えます。上司の評価への依存を強めるより、本人が仕事の価値を理解できるようにすることを目指します。
褒めるとき・指摘するときに確認したい3つのこと
一つ目は、具体的な事実を見ているかということです。二つ目は、相手がその言葉を受け取ったあと、何を続け、何を変えればよいか分かるかということです。三つ目は、自分の感情が伝え方を支配していないかということです。怒りに任せた指摘だけでなく、場を丸く収めたい気持ちから必要な話を避けることにも注意が必要です。
指摘の最後には「次はどう進めるのがよさそうですか」と聞き、本人の理解を確認します。褒めた後には「今回うまくいった方法を、次も使える形に残せますか」と尋ねることもできます。評価の言葉を、本人の学びにつなげるための一工夫です。
褒める場面でも、相手の状況を確認したい
例えば、高い目標を達成したメンバーを大勢の前で称賛したところ、本人はあまりうれしそうではなかったとします。その反応だけで「素直ではない」と考えるのは早計です。周囲の支援があって達成できたので、自分だけが注目されることに気まずさを感じているかもしれません。あるいは、目標達成までの負担が大きく、まず休みたいと考えているのかもしれません。褒める側の満足で終わらず、本人の受け止め方を確かめることが重要です。
「今回の成果をどう振り返っていますか」「次に生かせそうな工夫は何ですか」と聞けば、本人の考えが分かります。そのうえで、観察した仕事の価値を具体的に伝えます。称賛は相手を操作するための言葉ではありません。仕事への感謝や、よかった行動を明確にするためのコミュニケーションです。
1on1で指摘するときの会話を考える
例えば、部下の報告がたびたび期限を過ぎるとします。「いつも遅い。もっと責任感を持って」と伝えても、行動は変わりにくいかもしれません。まず「今月の週次報告が二回、予定日より遅れていました」と事実を示し、「次の業務調整が遅れるので、予定日に共有できる方法を考えたいです」と影響を説明します。そのうえで「作業量や確認の手順で難しいところはありますか」と尋ねます。
本人から「複数の案件の優先順位が分からない」と答えが返ってきたら、上司が優先順位を明確にする必要があります。本人の準備不足が原因なら、手順を見直してもらう必要があるでしょう。重要なのは、最初から原因を一つに決めつけないことです。相手が話すことで、上司にも修正すべき点が見えてくる場合があります。
評価面談と日常の感謝は、役割を分ける
日頃「助かりました」と言うことと、人事評価で高い評点をつけることは同じではありません。感謝は特定の場面の貢献に対して伝えられますが、評価では期間全体の成果や、あらかじめ共有した役割・基準を確認する必要があります。この違いが曖昧だと、普段よく褒められているのに評価が低いと感じたり、上司の好みによって評価が変わると受け止められたりすることがあります。
管理職は、評価の根拠を本人が確認できるようにしておきたいところです。仕事で助かった場面は具体的に伝え、評価の判断は決められた基準に照らして説明する。EQは相手を喜ばせるためだけではなく、難しい説明を誠実に行い、必要な対話を続けるためにも役立ちます。リモートワークでは文章だけで伝える機会が増えるため、「よかった点」と「次の改善点」を混ぜて曖昧にしないことも大切です。評価の理由が分かるよう、短くても根拠を添える習慣を持ちたいところです。
明日の1on1で変えられる、最初の5分
すぐに試すなら、1on1の冒頭5分を見直してみてください。最初から「今週の進捗は?」と聞くだけでなく、「今週の仕事で、うまくいったことと困ったことを一つずつ教えてください」と尋ねる方法があります。本人の答えを聞いたら、すぐに評価せず、まず具体的な出来事を確認します。結果だけでなく、どのような工夫をしたかを知ることが大切です。
褒めるなら「今週の顧客対応で、こちらが気づいていなかった問題まで確認してくれましたね。おかげで次の提案が進めやすくなりました」のように、行動と意味を伝えます。指摘するなら「この資料の数字を確認する手順が不足していました。次はどこでチェックできるか一緒に考えましょう」と伝えます。どちらも相手の人格ではなく、仕事と次の行動を中心に話しています。
面談の終わりには、上司と部下それぞれが、次にすることを一つ確認します。上司が支援すると約束したことも記録しておきます。本人にだけ改善を求めるのではなく、上司も必要な行動を引き受けることが、信頼関係をつくるために役立ちます。1on1を続ける目的は、よい言葉をかけた回数を増やすことではなく、仕事の進め方を一緒に改善することです。
まとめ:評価より先に、伝えたい価値を明確にする
よい褒め方・指摘の仕方は、流行している言い回しを覚えることだけでは身につきません。自分は何に感謝し、どの行動に改善を求め、相手とどんな成果を目指したいのかを考えることが大切です。EQはその過程で、自分と相手の感情を理解し、言葉を選ぶために役立ちます。1on1を進捗確認だけで終わらせず、次の行動を一緒に考える時間として使ってみてください。
次回はAI時代のEQを考えます。AIが文章をきれいに整えられる時代だからこそ、人間が自分の判断と言葉に責任を持つことの意味を整理します。
EQの組織導入・個人の能力開発について
株式会社グロースウェルでは、経営者・幹部・管理職などを対象に、EQ検査と個別面談を中心として、組織マネジメントへの助言や法人研修を組み合わせた支援をご相談いただけます。「同じ意見の対立が続く」「管理職の伝え方を見直したい」など、具体的な仕事の課題から取り組み方を整理します。
個人でEQ能力を高めたい方も、お問い合わせフォームからご相談いただけます。変えたい場面が一つ決まっていれば、そこから取り組みを考えられます。
EQと感情リテラシーの実践ガイド|全10回の目次
- 第1回|EQとは?感情知能の意味・歴史・IQとの違い
- 第2回|EQは仕事の成果につながる?
- 第3回|感情リテラシーとは?モヤモヤを言葉にする力
- 第4回|怒りを整え、伝え方を変える管理職のEQ
- 第5回|共感力と対話:相手を決めつけない
- 第6回|心理的安全性と報告・相談が届く組織
- 第7回|褒め方・指摘の仕方と1on1(この記事)
- 第8回|AI時代こそ、人と働く力
- 第9回|EQを高める方法:検査・日記・振り返り
- 第10回|EQを組織に導入する90日間の実践案
参考文献・出典
[1] Hattie, J. & Timperley, H. (2007). *The Power of Feedback.* https://doi.org/10.3102/003465430298487
[2] Kluger, A. N. & DeNisi, A. (1996). *The effects of feedback interventions on performance.* https://doi.org/10.1037/0033-2909.119.2.254
[3] Ryan, R. M. & Deci, E. L. (2000). *Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation.* https://doi.org/10.1037/0003-066X.55.1.68