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EQと感情リテラシーの実践ガイド|第9回
「会議では冷静に話そうと決めたのに、反対されると強く言い返してしまう」「相手のことを考えすぎて、自分の希望を言えなくなる」。そんな行動が何度も続くと、「これは性格だから変わらない」と感じるかもしれません。しかし、EQ能力開発では、性格の良し悪しを判断することよりも、どの場面でどのような反応が起き、次にどんな行動を選べるかを考えます。
EQを高めるための方法には、知識を学ぶ、検査で自分の傾向を知る、感情を記録する、実際の仕事で行動を変えてみる、といった取り組みがあります。今回は、忙しい社会人でも始められるよう、1か月の実践例まで具体的に説明します。
EQは生まれつき決まる能力なのか
EQを性格のように捉えると、「自分は感情的だから無理」「共感するのが苦手だから向いていない」と考えがちです。しかし、EQに関わる能力は一つではありません。自分の感情を知ること、相手の状況を確かめること、判断する前に選択肢を考えることなど、それぞれを具体的な行動として練習することができます。
2024年に公表された職場の感情関連能力トレーニングのメタ分析では、対照群を設けた27研究を統合し、平均して中程度の改善が報告されました。[1] ただし研究間のばらつきや方法上の課題もあり、一つのプログラムがすべての人に同じ効果をもたらすとは言えません。研究が示しているのは、成人でも感情に関わる能力の学習に取り組む余地があるということです。
大切なのは、短期間で別人になることを目指さないことです。例えば「反対意見が出ても、相手の説明を最後まで聞く」という小さな行動を目標にする方が、変化を振り返りやすくなります。
EQ検査は、点数を競うためではなく、気づきを増やすために使う
EQ検査には、感情に関する課題を解く能力検査、普段の考え方や行動を本人が回答する質問紙、周囲の人から行動を評価してもらう方法などがあります。それぞれ測っているものが異なるため、「EQ検査の点数が高いから人格的に優れている」とは言えません。検査を受けるときは、どのような考え方に基づき、何を評価しているのかを確認する必要があります。
例えば、本人が「私は相手の話をよく聞く」と回答していても、部下は「会議では途中で遮られる」と感じているかもしれません。これは本人が嘘をついているという意味ではありません。自分が思っている行動と、実際に周囲から見える行動が異なることはあります。検査の結果だけを正解として扱わず、具体的な仕事の場面と照らし合わせることが重要です。検査の名称にEQと書かれていても、性格特性や自己認識を幅広く含むものがあります。2015年のメタ分析でも測定内容の重なりが論じられています。[3] スコアは本人の価値や人柄を決めるものではありません。
実際の能力開発では、結果を見た後に「どんな場面でこの傾向が表れているか」「どんな強みを生かせるか」「何を変えたいか」を考えます。数字を理解して終わるのではなく、行動の選択肢を増やすための材料として使うのです。
感情日記では「出来事」と「解釈」を書き分ける
感情日記は、長い文章を書く必要はありません。たとえば「会議で提案が採用されなかった」という出来事について、何が起きたのか、自分はどう解釈したのか、何を感じたのか、どんな行動をしたのか、次にどうしたいのかを書き分けます。最初からきれいな文章にする必要はなく、自分で読み返せる程度で十分です。
「提案が採用されなかった」という事実から、「自分の意見は評価されていない」と感じたかもしれません。しかし、選ばれなかった理由は予算やタイミングにある可能性もあります。出来事と解釈を分けておくと、自分の思い込みを確認しやすくなります。そのうえで「悔しい」「残念」「不安」「次はもっと準備したい」など、混ざっている感情を詳しく見ていきます。
感情に名前をつけることと心の働きの関係については、実験研究もあります。Liebermanらによる2007年の研究では、感情にラベルをつける課題で、特定の脳活動の変化が報告されました。[2] ただし、その結果を「日記を書くと誰でも脳が強くなる」と拡大解釈する必要はありません。日記の実務的な利点は、後から自分の反応を振り返り、次の行動を考える材料が残ることです。
毎日書くことより、翌日の行動に結びつけることが大切
感情日記を始めると、出来事を詳しく書くこと自体が目的になってしまう場合があります。もちろん気持ちを整理することは役立ちますが、EQ能力開発として取り組むなら、「次にどうするか」まで考えたいところです。例えば「会議で自分の話を遮られて腹が立った」と記録したら、「次回は、まだ説明が続いていることを落ち着いて伝える」と決めます。
ここで重要なのは、相手の行動まで自分で変えようとしないことです。「次は相手に最後まで聞かせる」と決めても、実際に相手がどう反応するかは分かりません。「自分はどんな言葉で伝えるか」「話が遮られたらどう対応するか」と、自分が選べる行動に焦点を当てる方が実践しやすくなります。
そして、うまくいかなかった日も記録しておきます。目標を守れなかったことは、能力がない証拠ではありません。どの場面で難しかったのか、準備が足りなかったのか、他の方法が必要なのかを知る材料になります。能力開発には、成功した場面だけでなく、思い通りにいかなかった場面も欠かせません。
30日間で始めるEQ能力開発の実践例
最初の1週間は、変えようとするよりも自分を観察する期間にします。仕事で感情が大きく動いた出来事を一日一つ選び、「何が起きたか」「どんな感情があったか」を短く書きます。感情の名前が分からないときは、「何となく不安」「少し悔しい」など、普段の言葉で構いません。正確に表現しようと考えること自体が練習になります。
2週目は、自分が繰り返している反応を探します。例えば「急に予定を変更されると強く言い返す」「評価について話すと自分の意見を引っ込める」などです。同じような場面が何度も出てきたら、そこに注目します。人と比べて自分を評価するのではなく、過去の自分のパターンを見つけることが目的です。
3週目は、行動を一つだけ変えてみます。例えば「会議で反論したくなったら、まず相手の意図を一つ確認する」「依頼を受けたら、期限と優先順位を聞く」といった、できたかどうかを振り返りやすい行動です。大きく変えようとせず、仕事の中で繰り返し試せるものを選びます。
4週目は、実践を振り返ります。自分の記録だけで判断せず、可能なら信頼できる相手に「最近の会議で、私の聞き方に変化はありましたか」と聞いてみます。ただし、相手に評価を強制する必要はありません。自分がどう感じたかだけでなく、周囲にどんな影響があったかを確認する機会にします。
自分に合う方法を選ぶときの注意点
感情を記録することが負担になる人もいます。強いストレスを感じた出来事を無理に細かく思い出す必要はありません。最初は日常の小さな出来事や、うれしかった出来事から取り組んでもよいでしょう。仕事の面談で感情を扱う場合には、本人が話したくないことは無理に聞き出さないことも大切です。
会社でEQ検査や感情日記を用いる際は、結果を人事評価に直結させる前に慎重な検討が必要です。本人の自己理解を助けるために回答した内容が、許可なく上司へ共有されれば、率直な回答をしにくくなります。誰がどの情報を見られるのか、何の目的で使うのかを事前に説明し、プライバシーに配慮する必要があります。
また、組織で問題が起きているとき、社員一人ひとりに「EQを伸ばして対処してほしい」と求めるだけでは不十分です。仕事量が過剰、役割が不明確、指示が何度も変わるといった状況は、組織として改善する必要があります。個人の能力開発と、働く環境の整備を分けずに考えたいところです。
変化を実感するための振り返り方
1か月取り組んだら、検査の点数だけでなく、具体的な行動を振り返ってみます。「反対意見が出たときに相手を遮る回数が減ったか」「早い段階で相談できた場面があったか」「自分の希望を必要な相手に伝えられたか」。できなかったことよりも、選べる行動が増えたかを確認します。
変化が小さく感じられても、「以前ならすぐ反論していたが、今回は一度確認できた」といった行動には意味があります。反対に「最近は落ち着いた気がする」と思っていても、具体例が思い出せないなら、目標をもう少し明確にした方がよいかもしれません。感覚と行動を両方確認することで、次の取り組みを考えやすくなります。
何をもって「EQが伸びた」と判断するのか
能力開発の成果を確かめるとき、検査の点数だけに注目すると、大切な変化を見落とすことがあります。例えば自己回答式の検査で「相手の話を最後まで聞く」という項目の回答が変わったとしても、実際の会議で同じ行動が起きているとは限りません。一方、点数に大きな変化がなくても、強く反論していた場面で一度質問できるようになったなら、仕事上は意味のある変化かもしれません。
そのため、取り組みを始める前に「どの場面で、何を変えたいか」を一つ決めておくことをおすすめします。例えば「部下の報告を遮らず、最後まで聞く」「不安を感じたら、確認したいことを一つ言葉にする」といった行動です。実践後は、できた回数だけでなく、どの条件で難しくなったかも確かめます。自分の主観だけに頼らず、必要なら周囲からの意見を聞くこともできます。
感情日記は、よい感情だけを記録するものではない
日記と聞くと、前向きな気持ちや感謝を書かなければならないと考える人もいます。しかしEQの振り返りでは、うれしさや期待だけでなく、不安、嫉妬、苛立ち、失望なども理解の対象です。好ましくない感情が生じたことを責める必要はありません。その感情がどのような状況で生じ、行動にどう影響したかを考えることが重要です。
また、一つの出来事に複数の感情が重なることもあります。例えば新しい役職に就いたとき、期待とうれしさを感じながら、責任の重さに不安を覚える人もいるでしょう。「前向きでなければならない」と無理に考えるより、両方の感情を認めたうえで、何を準備する必要があるかを整理する方が行動につながります。
習慣を変えるには、環境も調整する
毎日振り返ろうと決めても、仕事の終了時刻が遅く、記録する余裕がない日もあります。そんなとき、自分の意志が弱いと考える必要はありません。記録するタイミングを会議直後の3分に変える、項目を三つに絞るなど、続けやすい形に調整します。個人の努力だけでなく、行動を続けるための条件を整えることも大切です。
管理職が自分のEQ能力開発に取り組む場合には、1on1の最後に自分の聞き方を振り返る時間を少し取る方法があります。次回の面談で試す行動を一つ決めれば、日記が単なる記録ではなくなります。無理な目標を続けるより、日々の仕事で繰り返せる小さな実践を優先してください。
1か月の実践後に、次の目標をどう決めるか
30日間の取り組みを終えたら、新しい課題をいくつも追加する必要はありません。まず、続けやすかった行動と難しかった行動を分けてみてください。例えば「一呼吸置いて聞くことはできたが、会議の最後に自分の意見を伝えるのは難しかった」と分かったなら、次の1か月は後者を目標にしてもよいでしょう。できたことを維持しながら、一つずつ選択肢を増やしていきます。
また、気持ちが落ち着くようになったことだけを成果と考えないでください。自分の不安や悔しさを理解した結果、必要な相談や意見を伝えられるようになることも大切な変化です。感情を感じなくなるのではなく、その感情を踏まえて何を選べるようになったかを確認します。
一人で続けにくい場合は、信頼できる相手と振り返りの機会を設ける方法もあります。ただし、他人に評価してもらうために日記を見せる必要はありません。自分が変えたい行動を説明し、「最近、聞き方に変化はありますか」といった具体的な質問をするだけでも十分です。本人が無理なく続けられる方法を選び、仕事の中で少しずつ試すことが、長期的な能力開発につながります。
まとめ:EQは日々の実践で育てる
EQを高める方法は、感情の知識を増やすことだけではありません。検査で自分の傾向を知り、出来事と感情を言葉にし、仕事の中で新しい行動を選んでみる。そして結果を振り返る。その積み重ねが能力開発につながります。大人になってからでも改善に取り組める可能性がありますが、近道を求めるより、仕事に合った小さな行動を続けることが大切です。
次回は最終回として、こうした個人の学びを、経営課題に結びついた組織の取り組みへ広げる方法を紹介します。
EQの組織導入・個人の能力開発について
株式会社グロースウェルでは、経営者・幹部・管理職などを対象に、EQ検査と個別面談を中心として、組織マネジメントへの助言や法人研修を組み合わせた支援をご相談いただけます。「同じ意見の対立が続く」「管理職の伝え方を見直したい」など、具体的な仕事の課題から取り組み方を整理します。
個人でEQ能力を高めたい方も、お問い合わせフォームからご相談いただけます。変えたい場面が一つ決まっていれば、そこから取り組みを考えられます。
EQと感情リテラシーの実践ガイド|全10回の目次
- 第1回|EQとは?感情知能の意味・歴史・IQとの違い
- 第2回|EQは仕事の成果につながる?
- 第3回|感情リテラシーとは?モヤモヤを言葉にする力
- 第4回|怒りを整え、伝え方を変える管理職のEQ
- 第5回|共感力と対話:相手を決めつけない
- 第6回|心理的安全性と報告・相談が届く組織
- 第7回|褒め方・指摘の仕方と1on1
- 第8回|AI時代こそ、人と働く力
- 第9回|EQを高める方法:検査・日記・振り返り(この記事)
- 第10回|EQを組織に導入する90日間の実践案
参考文献・出典
[1] *Training emotional competencies at the workplace: a systematic review and meta-analysis* (2024). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39627880/
[2] Lieberman, M. D. et al. (2007). *Putting feelings into words.* https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17576282/
[3] Joseph, D. L. et al. (2015). *Why does self-reported emotional intelligence predict job performance?* https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25243996/