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EQと感情リテラシーの実践ガイド|第8回
生成AIを使えば、説明資料も評価コメントも、以前より短い時間で作れるようになりました。ところが、文章が丁寧になったのに相手が納得しない、会議の要約は完成したのに次の行動が決まらない、という経験はないでしょうか。たとえばAIが作った「日頃のご貢献に心から感謝しています」という文章を部下に送ったとします。「具体的にどの仕事を評価しているのですか」と聞かれたとき、自分の言葉で答えられるでしょうか。
AIによって仕事が効率化するほど、改めて考えたいのが「人と働く力」です。今回は、AIが得意なことと人間が責任を持つべきことを整理し、EQがどのような場面で役立つのかを考えます。AIとEQを対立させるのではなく、両方を生かす視点が重要です。
AIに任せられることが増えても、判断の責任は残る
AIは、大量の文章を整理したり、選択肢を比較したり、文章の表現を整えたりすることが得意です。会議の議事録から論点を抽出する、1on1の質問案を作る、複数の施策の比較表を用意する、といった用途は実務でも考えられます。ただし、AIが生成した案は、その会社の状況や相手の考えをすべて把握しているわけではありません。もっともらしい文章でも、前提が間違っていることがあります。
例えば、部下の評価コメントをAIに作ってもらう場合、具体的な仕事をよく見ていない上司がそのまま送れば、相手には形式的な評価だと感じられるかもしれません。AIがどれだけ丁寧な文章を提案しても、「何を評価したいのか」「その言葉に責任を持てるか」を決めるのは人間です。EQは、自分が何を感じ、相手が何を受け取りそうかを考え、言葉や行動を選ぶ場面で役立ちます。
一方で、AIの文章が必ず冷たいというわけでもありません。難しい内容を整理し、誤解が起きにくい言い回しの候補を出すこともできます。大切なのは、AIが作った文章を使うこと自体ではなく、伝える人が意味を理解しているかという点です。自分が説明できない言葉を使わない。その基本がAI時代にはいっそう重要になります。
世界経済フォーラムの調査は何を示しているか
世界経済フォーラムの『Future of Jobs Report 2025』では、企業が重要だと考えるスキルとして、分析的思考、レジリエンス・柔軟性・俊敏性、リーダーシップと社会的影響力などが挙がっています。動機付けと自己認識、共感と積極的傾聴もコアスキルとして取り上げられています。[1]
ここから読み取れるのは、AIの普及によって論理的思考が不要になるという話ではありません。分析力も重要であり、技術を使いこなす力と、人と協働する力の両方が求められているということです。同レポートは、仕事で必要なスキルが2025年から2030年にかけて変化するとの雇用主の見通しも示しています。ただし、これは企業への調査に基づく将来予測であり、すべての職種で同じ変化が起きると断定するものではありません。
EQを「AIにはできない唯一の能力」と説明することも慎重であるべきです。AIも共感的に見える文章を生成し、対話の練習相手になることがあります。しかし、人間の職場では、発言に責任を持ち、相手との継続的な関係を築き、判断の結果を引き受ける役割が残ります。そこに、感情を理解して行動する能力を育てる意味があります。
AI導入で起こる不安は、抵抗ではなく情報かもしれない
企業がAIの活用を進めると、社員から「仕事が減るのでは」「評価が変わるのでは」「間違った情報で顧客に迷惑をかけないか」といった不安が生じることがあります。この不安を「新しい技術に抵抗している」と片づけると、問題を見逃すかもしれません。実際には、職務の変化、説明不足、品質への懸念など、理由がそれぞれ違うからです。
例えば、新しいAIツールの導入説明会で、社員が質問しないとします。関心が低いとも限りません。「質問するとAIを使いこなせない人と思われる」と不安なのかもしれません。管理職が「分からない点を質問してください」と伝えるだけでなく、「利用してよいデータの範囲が不明なら、まず確認してほしい」「AIの回答をそのまま顧客に送らず、担当者が確認する」と具体的に示すことで、社員の判断材料を増やせます。
感情を理解することは、不安を無理に解消することではありません。合理的なリスクがあるなら、対策が必要です。AIに入力してはいけない機密情報を整理する、レビュー担当者を決める、誤回答が生じた場合の連絡経路をつくる。感情から分かった懸念を、業務ルールへつなげることが重要です。
「正しい説明」だけでは、人は変化を受け入れにくい
例えば経営者が「AIを使えば業務が30%効率化する」という社内資料を示したとします。その数字が仮説や試算であるなら、前提条件を説明する必要があります。さらに、業務が効率化した後に社員の仕事がどう変わるのかも、関心を持たれるでしょう。数字だけを示して「だから使いましょう」と伝えても、相手の疑問には答えられない場合があります。
そこで、説明の後に「業務が変わることで心配なことはありますか」と尋ね、質問を分類します。機密情報の扱いが心配な人、評価方法の変更が気になる人、そもそも使い方が分からない人では、必要な支援が違います。感情や懸念を言語化し、その背景の事実を確認することは、変化を進める際の重要な作業です。
ただし、理解を得ることと全員の同意を得ることは別です。経営判断としてAI活用を進める場合でも、影響を受ける社員の意見を聞き、可能な範囲で負担やリスクを減らすことはできます。決定した後の説明を省かないことが、信頼関係を保つために役立ちます。
AIで対話の準備をしても、対話そのものは自分で行う
1on1の準備にAIを使うなら、質問の候補を出してもらうことはできます。「最近困っていることはありますか」「仕事のどんな部分にやりがいを感じていますか」といった質問を整理するのもよいでしょう。しかし、相手の答えを聞く前に「この人は不安が強いタイプだ」とAIに分類してもらい、その結果を決めつけて使うことには注意が必要です。
相手の感情は、本人との対話の中で確かめる必要があります。表情や言葉の意味は、その日の状況や関係性にも左右されます。AIが作った人物像を前提にすると、本人の説明を聞く余地が小さくなるかもしれません。仕事の相談にAIを使う場合は、個人情報や人事情報の取扱いにも配慮しなければなりません。
おすすめしたいのは、面談の前に「確認したいこと」「聞いてみたい質問」「決めつけないために注意すること」を自分で整理することです。AIをその補助として使い、面談では相手の話に合わせて質問を変えます。準備の効率を上げながら、対話の柔軟さは人間が担うという考え方です。
AIとEQを組み合わせると、どんな仕事が変わるか
例えば、顧客から厳しい指摘を受けたとき、AIはメールの論点整理や返信案の作成を助けてくれます。しかし、顧客が何に失望しているのか、どの事実を説明すべきか、会社として何を約束できるかは、担当者が確認する必要があります。自分の焦りから言い訳を重ねていないか、相手の期待を勝手に推測していないかを確認する場面で、EQが役立ちます。
また、開発組織でAIを使ってコードレビューのコメント案を作る場合、技術的な問題点を正確に説明することと、相手が改善に取り組める言葉を選ぶことの両方が必要です。指摘の根拠があいまいであればAIの案を採用せず、必要な情報を集めます。相手が誤解しそうな言い回しなら、自分の言葉で補います。AIを使って仕事を速くすることと、相手への責任を軽くすることは違うのです。
今日からできる、AI時代のEQチェック
一つ目は、AIが作った文章を自分の言葉で説明できるかを確かめることです。二つ目は、その文章を受け取る相手が、どのような状況に置かれているかを考えることです。三つ目は、判断に必要な事実と、こちらの推測を区別できているかを確認することです。例えば評価コメントなら、具体的な仕事の事実、そこから判断した評価、次の期待を分けて書けるかを見直します。
AIが便利になるほど、文章の量は増えるかもしれません。しかし、信頼を得るためには、必要な言葉を選び、言葉と実際の行動を一致させることが重要です。AIが作成した文書を丁寧に確認することは、単なる校正作業ではなく、人と働くうえでの判断の一部なのです。
AI時代の管理職に必要な「判断の説明責任」
AIの提案が良さそうに見えても、そのまま採用すると問題が起きることがあります。例えば社員の業務分担をAIに相談し、効率だけを見て担当を変更した場合、本人の経験や希望、顧客との関係が考慮されていないかもしれません。管理職は、AIの案が何を前提にしているかを確認し、当事者と話したうえで決める必要があります。
その際、反対意見が出たら「AIがそう言っているから」と説明するのではなく、「どの条件を重視してこの案を選んだのか」を自分の言葉で伝えます。相手が懸念を述べた場合には、何を不安に感じているかを確かめ、必要なら判断を修正します。AIを使うことは判断の責任をAIへ移すことではありません。人との関係の中で説明を続けることが大切です。
AIに仕事の相談をするときも、情報の扱いに注意する
社員の感情日記や評価面談の内容を、安易に外部のAIサービスへ入力してはいけません。個人情報や機密情報の扱いは、社内の規程や利用するサービスの条件を確認する必要があります。また、AIが出した「この部下は不安が強いタイプです」といった評価を、そのまま本人の性格として扱うのも適切ではありません。入力した情報が限定的なら、判断も偏る可能性があるからです。
AIを使って1on1の準備をするなら、実際の個人情報を入れずに一般的な場面を設定し、質問の候補だけを考える方法があります。「意見が対立したとき、相手の事情を確認する質問を三つ考えてください」と依頼すれば、具体的な人事情報を渡さなくても支援を得られます。技術の便利さと、相手への配慮を両立させることが重要です。
経営者自身が、AI導入の不安を理解しているか
「社員はAIを使いたがらない」と感じたとき、理由を一つに決めつけないでください。使い方が分からない人もいれば、ミスをしたときの責任の所在が不明で心配な人もいます。あるいは、AIを導入した後に自分の仕事の価値がどう評価されるのかが気になっているのかもしれません。理由が違えば必要な説明や支援も違います。
こうした声を聞くことは、AI導入のスピードを落とすためではありません。安全に使う条件を整え、社員が自分で判断できる範囲を明確にするためです。技術的なルールと、感情や動機への理解を組み合わせることで、導入の過程をより現実的に進められます。世界経済フォーラムの調査でも、技術的スキルと人間の関わりに関するスキルの双方が挙げられています。[2] 経営者自身が「新しい技術を使うこと」と「社員が安心して疑問を伝えられること」を両立させる姿勢を示すことが重要です。
AIが作った「気の利いた言葉」を、そのまま送らない
評価コメントや顧客へのメールをAIで整えると、丁寧で感じのよい文章が出てきます。しかし、「心より感謝しております」「深く共感いたします」といった表現を使う前に、その言葉が自分の気持ちや実際の行動と合っているかを確認したいところです。感謝する理由が説明できなければ、相手は形式的な文章だと受け取るかもしれません。
例えば部下が新しい仕組みを整備してくれたなら、AIが提案した抽象的な称賛よりも、「問い合わせ対応の手順を整理してくれたので、担当者ごとの対応差が減りました。助かりました」と自分が見た事実を伝える方が具体的です。AIの提案をきっかけに表現を考えることはできますが、何に感謝しているかを決めるのは自分です。
反対に、自分が強い怒りを感じているときは、AIに返信案を整理してもらうことが役立つかもしれません。ただし、AIが作った文章だから安全だと決めつけず、事実が正しいか、必要な指摘が明確か、相手の人格を評価する表現がないかを確認します。AIは言葉の候補を増やす道具であり、自分の判断を省略するためのものではありません。
まとめ:AIを使うほど、人との関わり方を考えたい
AIは仕事の多くの場面で役立ちますが、相手との信頼関係を保ち、判断の結果を引き受ける責任は人間にあります。分析的思考も、技術を使いこなす力も、感情を理解して協働する力も、どれか一つだけで十分というわけではありません。EQを学ぶ意義は、AIを使った仕事の先にいる人間の状況まで考えられるようになることです。
次回は、EQを実際に高めるための方法を扱います。検査、感情日記、振り返りを、日々の行動にどうつなげるかを具体的に紹介します。
EQの組織導入・個人の能力開発について
株式会社グロースウェルでは、経営者・幹部・管理職などを対象に、EQ検査と個別面談を中心として、組織マネジメントへの助言や法人研修を組み合わせた支援をご相談いただけます。「同じ意見の対立が続く」「管理職の伝え方を見直したい」など、具体的な仕事の課題から取り組み方を整理します。
個人でEQ能力を高めたい方も、お問い合わせフォームからご相談いただけます。変えたい場面が一つ決まっていれば、そこから取り組みを考えられます。
EQと感情リテラシーの実践ガイド|全10回の目次
- 第1回|EQとは?感情知能の意味・歴史・IQとの違い
- 第2回|EQは仕事の成果につながる?
- 第3回|感情リテラシーとは?モヤモヤを言葉にする力
- 第4回|怒りを整え、伝え方を変える管理職のEQ
- 第5回|共感力と対話:相手を決めつけない
- 第6回|心理的安全性と報告・相談が届く組織
- 第7回|褒め方・指摘の仕方と1on1
- 第8回|AI時代こそ、人と働く力(この記事)
- 第9回|EQを高める方法:検査・日記・振り返り
- 第10回|EQを組織に導入する90日間の実践案
参考文献・出典
[1] World Economic Forum (2025). *Future of Jobs Report 2025, Skills Outlook.* https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/3-skills-outlook
[2] World Economic Forum (2025). *Future of Jobs Report 2025.* https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025